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血小板血症

What Is Essential Thrombocythemia (Et)?

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本態性血小板血症について

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管理人ジェイジェイの意外な持ちもの

本態性血小板増多症(本態性血小板血症)」という病気を持っています
英語ではEssential Thrombocythemia (Et) です

1992年(平成4年)のゴールデンウイークは飛び石連休の合間を縫って駒沢にある国立第二病院(現在は東京医療センター)に通っていました。同年の3月頃にやった人間ドックの結果、血液に異常があるということで紹介されてこの病院に行ったのです。血液の構成が異常を示しているということからどうやらどこかにガンがあるということになりました。でもいったいどこにガンがあるのか分からないということです。それで体中の可能性のあるところをくまなく探すということになったのです。内蔵のMRIに始まり胃カメラから乳ガン検診子宮ガン検診までやってみましたがどこにもガンらしいものがありません。結果的には骨髄の増殖機能障害により血小板が異常に増える病気だと分かりました。病名は「
本態性血小板増多症」(本態性血小板血症とか原発性血小板血症とも言う)というものです。発病当時の血小板は128万ぐらいでした。

幸いなことにすぐにはコロリと死なないであろうということでした。ただこの病気の特徴として白血病に変異する可能性が高いと言われました。そのほかに予測されることは骨髄が機能障害を起こしているため血小板が異常に増え続け最終的には血液そのものが正常に役に立たなくなってくるということ。当時はこの病気に効果がある薬というものがないということで病気が進行するかどうかを見ているしかないという状況でした。

「進行するとしても5年ぐらいの猶予はあると思う」という医者の言葉を信じてとりあえず5年の間にできることはやっておきたいと思いました。
まずアメリカに留学している息子たちと頻繁に連絡が取れるようにと思いパソコンを購入してE−メールができるようにしました。体が不自由になってもパソコンができれば何とか人との伝達だけはできるであろうと考えていました。始めてかったパソコンはマッキントッシュのパーフォーマー当時はまだインターネットがそれほど普及していなくてE−メールを送るにしても電話回線を利用していました。写真を送ったりできるような速度ではありませんでしたがそれでも息子に簡単に連絡が取れることがとてもありがたかったです。

元気なうちに好きな習い事もしておこうと思って植物画を習いに行きました。でも習い始めて1ヶ月ぐらいしたら両手の指が全部小梅ちゃんのように赤く腫れて痛くなってしまいあわてて病院に行きました。血小板がかなり増えていて血液の流れが悪くなっていたため手が腫れていたのです。今度は血液専門の名医がいるということで日赤に行きました。発病してから3年目でした。

幸いこの頃には白血病治療に使われていた「ハイドレア」が私の病気にも効果があるということで使われることになりました。それ以来毎日「ハイドレア」を服用しています。血栓ができにくくするためにアスピリン(小児用バファリン)も服用しています。7年前には思い切って入院して点滴による化学療法を受けましたが期待していたほど血小板は下がりませんでした。化学療法があまり効果的ではなかったため今度は骨髄移植して完治を目指してはどうかと進められました。

当時の私の主治医も本態性血小板増多症が悪化する可能性として「白血病」のほかに「骨髄線維症」ということを考えていらっしゃったようです。この悪い可能性を回避するための方法としては骨髄移植しかないということでした。しかし、私は骨髄移植をしなくてはならないほどの危機感を全く感じていなかったため移植手術をする気にはなれませんでした。幸か不幸か妹の血液が不適合だったため移植はできませんでした。

抗ガン剤治療を行う前まで私は病気に対して前向きに希望を持って受け止めていました。でも、抗ガン剤治療の後は病気が治るどころかかえって精神面がやられてしまいました。退院してからも気分が悪くなる一方でだんだん無気力になっていきました。体もとてもだるくベッドからはい出るのも大変でした。まるで泥沼から抜け出るほど体が重く感じられ著しく体力が低下してしまいました。その頃家庭の中でもいろいろな出来事が重なりストレスがたまり最悪な状態になりました。

たまたま本屋で園芸療法という本を見つけたのもこの頃です。嫌なことを忘れるためにもガーデニングがいいと思いいろいろな草花を育て始めました。やがてバラにも興味が出てきて少しずつ買い始めました。どんな小さな場所でもプランター一つでも植物を植えて育っていくのを眺めているだけで何となく希望がわいてきたものです。子供も巣立ってしまい空っぽの状態の私の心の中に植物を育てるということで日々の充実感がよみがえってきたのです。寂しいことや悲しいことがガーデニングによって少しずつ癒されていきました。ガーデニング療法のほかに試みたのは音楽を聴くことでした。精神療法に良いと思われる音楽を片っ端から買い集め聞きまくっていました。

現在、私の血小板は平均して80万を前後していますが、特に医者が予測したような悪い症状も出ていません。いたって元気に生き延びてきました。この病気は私が発病した当時よりも日本での研究も進み詳しいことが分かってきました。発病当初はかなり悲観的な可能性を言われていましたが、現在はもっと楽観的に受け止めてもいいようです。日本人の場合においては急激に悪化する可能性が少なく普通の人と同じくらいの寿命を生きられることも分かってきました。ただ不治の病ということに変わりはなく私の場合ではハイドレアという抗ガン剤を生涯飲み続けなければいけません。

初めて病気を知らされたときは治療方法が無い不治の難病などと言われショックで生きる希望を失いました。ですからお薬を飲んで血小板が下げられると聞いたときはたとえそれが副作用のある抗ガン剤でもとても嬉しく思いました。実際のところ私の場合はそれほど強い副作用が現れていません。ですから今のところ毎日服用していてもあまり心配することはなさそうです。でも、人によっては副作用が強く出る場合もあるそうです。現在ではこの病気の治療法として入院して化学療法をするということはあまりしないようです。また、症状によってはハイドレアなどの抗ガン剤を服用しなくてもよい場合もあるということです。ましてや骨髄移植などという治療法はよほどのことがない限り行われないそうです。

正直に言って今でも時折脱力感に襲われ全身がだるくなって何もしたくないときもあります。頭痛もひどいです。でも、更年期になればそのぐらいの症状は誰でも経験することだと思うのです。頭が痛ければ鎮痛剤を飲んでしばらく様子を見ます。また、頭が痛くなるような難しい人間関係にもあまり関わらないようにしてストレスから身を守るようにしています。とにかくこの病気にストレスは禁物だということなので何事にもあまり頑張らないように適当に生きるようにしています。
初めの頃は5年だけと思っていたのがもう15年も元気で生きてこられました。これからの人生は神から与えられたおまけのようなものです。
病気のことで家族にはいろいろ心配をかけてきました。私を支えてくれた二人の息子と主人に心から感謝します。
生きているうちに孫をこの手に抱くことはないだろうと考えていましたが長男夫婦に孫も生まれ念願のおばあちゃんにもなれました。次男も素敵なお嬢さんと無事に結婚しました。
これからは家族になるべく心配をかけないように明るく前向に生きていきたいと思っています。


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